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ACの広告「何のために頑張るの…?」
 テレビ広告とはいえ、著作物ですから、その画像を投稿する…というのは勘弁願うとしてですね。

 このテレビ広告、今の迷走する日本そのものを現しているようで、初めて見た時には、胸に木の杭を打ち込まれたような気がしました。

 リングサイドから、『もっと頑張れ!』とか、『やれば出来るわ!』…などと父親と母親が檄を飛ばすなか、リングの中でただ一人、競う相手もなく勉強机に向かって必死に勉強している子どもが一人。そして、子供は分からなくなる。自分は何をしているのか、何のために勉強しているのか、自分は何がしたいのか。

『ぁ…あああ!』

と、一言叫んで倒れこむ子ども。
「何のために頑張るの?」…呟きとも心の声とも取れるような小さな声に、両親はようやく気がついたのかもしれない。自分は子供に何をさせたいのか、何のために頑張らせているのか、将来安定した職に就くため? そもそも安定した職って何? そのために勉強勉強で追い詰めて、子どもが何を思い、何を考え、なにを望んでいるのかなんて考えたこともなかったということに。

親の心、子知らず。しかし、その逆もまた然り。

私はこのテレビ広告を見て、親がどれだけ子供のことを考えていないのか、そして、親だけじゃない、日本という社会そのものも、目標を失ったままただただ「頑張らされている」のではないのか…そう感じました。

 学校は、テストで良い点を取る方法を教えるところになってしまった。友達。先輩、後輩。先生という企業における上司のような存在。教え、教えられる横のつながり。報告したり、相談された利の縦のつながり。学校は本来、人間関係や集団行動の難しさ、大切さ、面白さを学ぶところではなかったのか?集団の中で、個の充足のみを追及され、集団としての充足を体験しないまま、社会に放り出される子どもたちが、まとも会社勤めできるほうがおかしい。

 そして子どもの親も、周りを蹴落とし、個の充足を追及することに躍起になって、目に見える成績だけを見て、子どもそのものを見るのを忘れてしまっている。今の医者と一緒で、カルテだけを見て診断し、患者を診ないで処方箋を書く。子どもは通信簿で表しきれるような薄っぺら委存在か? 名刺でその人のことが全て分かるのか? 取った資格や賞状で、その人のことが分かるのか? 分かるはずないじゃないか。

 ところが、親も、教師も、企業においては役職を持った人でさえも、子どもや部下の話を、きちんと聞こうとはしていない。たまに話をすることがあったとしても、親や教師、上司の理想を一方的に吹き込まれるばかりであって、それはもはや会話ではない。

 子どもはそんな中で自分を見失っている。
 自分がなにをしたいのか、全く分からなくなってしまっている。親や教師の期待に応えなくては…、ただそれだけのために自分が存在しているような状態になっているのだ。
「自分のことなのに、何で分からないんだ」…などということをいう人は、その人のことを分かろうとすらしていない人だ。

 このテレビ広告は、そのことを痛烈に批判している。投げられたタオルが、本当に会話といえるものにつながるのかどうか、それは親の心がけ次第。日本という国に投げられたタオルは、どれだけの人の心に届いただろう。あのテレビ広告を見て、何も感じない人がいたとしたら、日本に将来は無いと思うな。
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200909240000
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